近世会津の農
2003年3月5日佐瀬与治右衛門の「会津農書附録」には、
19年間にわたる日記も収録されているのである。
天候の記録を中心として、農事が展開されている。
統計的DATAを狙った、温度が重要視されている、と現代の解説に書いてある。
米ができにくい寒冷な、奥会津の柳津という所では、
年貢として和紙を生産していた。その現代に生きる和紙造りを収録したVTRを視た。
大変な手作業の工程である。
こうぞ という植物を刈り込むことから出発する。
最後は、漉いた紙を平らな竈の上に並べて
乾かす。そうした
一連の道具と工房も、驚嘆される。
では、佐瀬の日記は、「会津農書」に反映されているのかというと、なんと貞享元年の出版から8年後の、元禄4年から始まる。さらなる農業研究精進というべきものだ。
付録として発見された多大な記述の一部が日記である。(付録四)付録八までは在ったらしい。1,3,5 が未発見。(「附録」は、出版に到らなかったと考えられよう)
農文協「日本農書全集19 会津農書・会津農書附録」
「会津歌農書」は、「会津農書」の和歌表現ヴァージョンであるが、上掲書には、入らない。
佐瀬は肝煎(庄屋)である。往々にして医者もやっていたのは、近世も後期のことかわからないが、この村長たちなのである。
産業医学 漢方 労災補償認定 などに通じていただろう。
歴史医学講座は、民俗篇に入れるものだろうか。
19年間にわたる日記も収録されているのである。
天候の記録を中心として、農事が展開されている。
統計的DATAを狙った、温度が重要視されている、と現代の解説に書いてある。
米ができにくい寒冷な、奥会津の柳津という所では、
年貢として和紙を生産していた。その現代に生きる和紙造りを収録したVTRを視た。
大変な手作業の工程である。
こうぞ という植物を刈り込むことから出発する。
最後は、漉いた紙を平らな竈の上に並べて
乾かす。そうした
一連の道具と工房も、驚嘆される。
では、佐瀬の日記は、「会津農書」に反映されているのかというと、なんと貞享元年の出版から8年後の、元禄4年から始まる。さらなる農業研究精進というべきものだ。
付録として発見された多大な記述の一部が日記である。(付録四)付録八までは在ったらしい。1,3,5 が未発見。(「附録」は、出版に到らなかったと考えられよう)
農文協「日本農書全集19 会津農書・会津農書附録」
「会津歌農書」は、「会津農書」の和歌表現ヴァージョンであるが、上掲書には、入らない。
佐瀬は肝煎(庄屋)である。往々にして医者もやっていたのは、近世も後期のことかわからないが、この村長たちなのである。
産業医学 漢方 労災補償認定 などに通じていただろう。
歴史医学講座は、民俗篇に入れるものだろうか。
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