高遠蕎麦は高遠で食べなければ高遠蕎麦ではないと心得た方が

良いのかもしれない。


高遠は、保科氏であり、保科氏は内藤氏のあとになろうか、

詳しくしないが、


保科氏と内藤氏は親しいのかもしれない。



保科正之に仕えた内藤氏は、武田家臣から浪人してのち、


天草の乱に功績があり、徳川家康に拾われた、のではないか。



時間軸が難しいな。


内藤が一旦高遠保科に預けられ、正之の山形入りから内藤が付いて行ったのか、


外から入るかである。


さて、高遠蕎麦は、会津や東京で注文すると、単に下ろし大根、大根おろしが

付いてくるという事になるのか、結果は好みではなかったが、試した事がある。



ちょっと調べると、焼き味噌、だいこん、一本の長ネギ、が辛みになっている。


また、茹で上げ、太さにも拘り、といった内容と、


多分、蕎麦自体がまた在る。


つなぎが山芋であると思う。


という、にわか勉強ですみませんが、高遠蕎麦の真髄はいかに。







コメント

@home
2012年7月19日23:36

高遠蕎麦について、高遠の蕎麦屋産のホームページに詳しい。


この名称も会津から逆輸入された。

保科正之、蕎麦好きだった。

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